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2007年7月5日

発生生物学を学び、心を探る研究者

理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)に少し変わった経歴を持つ研究者がいる。変異マウス開発チームの富樫 英 研究員だ。富樫研究員は高校卒業後、大学へ進学せずに就職。TV局で報道の仕事や高校の警備員などを経験した後、一念発起し、26歳で京都大学理学部に入学。大学4年のときに竹市雅俊CDBセンター長(当時、京大教授)に出会ったのをきっかけに、発生生物学へと足を踏み入れた。そして、2006年7月、大学時代から研究してきた“神経細胞のシナプス形成におけるネクチンの働き”をまとめあげ、この4月からはマウスを使って細胞から個体への“体づくり”の研究を開始。「いろいろな経験をしてきたので、人と違ったものの見方ができるかもしれない。最終的には心の動きを物質的な形で目に見えるようにしたい」と語る富樫研究員、その素顔に迫る。

富樫英研究員

富樫英 研究員

発生・再生科学総合研究センター 変異マウス開発チーム

1969年11月27日、山形県生まれ。私立城北学園高校(東京)卒業。1996年、京都大学理学部入学、2006年3月、同大学大学院生命科学研究科博士課程修了。2003年4月~2005年3月、日本学術振興会 特別研究員。2005年、理化学研究所入所。

シナプス形成とネクチンの関係

図:シナプス形成とネクチンの関係

シナプスが形成される際にN1はシナプス前部、N3はシナプス後部に濃縮され、N1とN3が選択的に結合すると考えられる。

小学生のころ、「細菌学者のルイ・パスツールなどの伝記で、毎日、顕微鏡を眺める生活を読んで“いいなぁ”と思いましたね」。好きだった科目は、「特に数学、ものを考えるのが好きでした。それに『古事記』などの古文、今でも読みますよ」。高校に進学後、「先生の影響で生物が好きになりました」

しかし…… 大学受験に失敗し、進学を断念。「山形に戻っていたときは、TV局で報道の仕事をしていました。でも、やはり大学へ行こうと決め、高校の警備員をしながら受験勉強をしたんです」。大学進学を決めたきっかけは?「TV局の仕事で、自分の好きなことをしているたくさんの人と出会いました。その活き活きした姿を見て、自分も! と。自分の好きなこと…… それはやはり、ものを考えることだったんです。理研に在籍していた朝永(ともなが)振一郎博士の本を読んで、有名な研究者でも思い悩みながら研究していたと知り、“成功するかどうかは分からないけど、チャレンジしてみよう!”と思ったのも大きかったです。今、理研にいることは不思議な巡り合わせを感じますね」

そして1996年、京都大学に入学。「4年生のとき、興味のあった“人間の心の問題を物質的なもので説明できないか”と考えて、いろいろな先生に相談したんです。その中で竹市雅俊先生は“私は神経が専門ではないけれど、やりたいのであればやってもらってもいいですよ”と、おおらかな態度で受け入れてくださったんです」。そしてシナプス形成の研究を開始。「神経細胞間では軸索と樹状突起の2種類の神経突起が結合し、情報伝達の要、シナプスができます。シナプスは記憶や感情に重要な部分」。細胞同士は、1982年に竹市センター長が発見した細胞接着分子カドヘリンにより、安定的に結合する。2002年、富樫研究員は「軸索と樹状突起が同じカドヘリンで結合するなら、軸索同士、樹状突起同士はなぜ結合しないのか。そこには二つを区別する分子メカニズムがあるはずだと考え、候補分子を探しました」。そこで注目したのが細胞接着分子ネクチン。「神経細胞にはネクチン1(N1)と3(N3)があります。N1は軸索だけに、N3は軸索と樹状突起に分布していて、異種のネクチン同士は強く結合する特徴があります。これにより軸索と樹状突起が選択的に結合する仕組みを説明できるのではないかと考え、いろいろと実験した結果、思った通りでした(図)。N1とN3が出会った後、カドヘリンによりさらに安定的に結合します」。

今年4月からは新しい研究テーマを選択。「細胞は分化した後、決められた場所に移動し、個体をつくっていく。その“体づくり”の仕組みの謎を解きたいんです」。尊敬する科学者は、量子電磁力学の発展に大きく貢献したことで、朝永博士らとともに1965年にノーベル物理学賞を共同受賞したリチャード・ファインマン。「何もなかったところから新しい学問ができてくる話が好きなんです。心の動きは目で見えませんが、最終的にはそれが何らかの形で見えるような仕事をしてみたいですね」。富樫研究員が科学史に残る発見をすることも期待できそうだ。

『理研ニュース』2007年7月号より転載