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2011年6月10日

物質内部の電子や粒子の挙動に迫る研究者

時間の流れを反転しても物理現象が同じである場合、“時間反転対称性”が保たれているという。例えば、物質内の電子の軌道を通常に録画した場合と、仮に時間を逆向きにさかのぼりながら録画できた場合で、電子の軌道が同じであれば、時間反転対称性は保たれていることになる。しかし、磁石(磁性体)の場合は、磁場の影響で電子の軌道が変わるため、これらの軌道は同じにならない。この場合、時間反転対称性は破られていることになる。ところが、小野田繁樹 専任研究員のもとに持ち込まれた実験データは、この規則から外れていた。磁石ではないのに、時間反転対称性が破られていたのだ。新たに発見されたこの現象の理論を解き明かした小野田 専任研究員は、物理学の理論研究者になったきっかけとして、高校と大学で出会った2人の恩師を挙げた。

小野田繁樹専任研究員

小野田繁樹 専任研究員

基幹研究所 古崎物性理論研究室

1973年、東京都生まれ。博士(理学)。京都大学理学部卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。科学技術振興事業団研究員などを経て2007年4月、理研入所。2008年4月より現職。2010年4月~9月、東京大学物性研究所客員准教授を兼任。

スピンキラリティーの例

図:スピンキラリティーの例

三つの電子が集まると、電子スピン(細い青矢印)によって仮想磁場(赤矢印)が生じる。仮想磁場の方向は、三つの電子スピンが右手系と左手系のどちらかによって、三つの電子が形づくる平面(図中の三角)に対して上向きと下向きの2種類ができる。平面構造は同じでも仮想磁場の向きが上下対称、スピンのキラリティーの異性体が存在しうる。上二つは電子スピンの和(太い青矢印)が上向き、下二つは下向きの場合を示す。

「高校生のとき、理系以外の科目では歴史が好きでした。歴史上の事実に興味があり、よく図書館で文献や資料を調べていましたね」。十代半ばにして、すでに真理を探究する科学者の片鱗を見せていた小野田 専任研究員。この道を目指したきっかけとなったのは、高校3年時の生物の授業だった。「授業の終わりにほぼ毎回、先生が最先端の科学専門誌の記事を解説してくれて、とてもおもしろかった。受験には関係ない話だったので聞いていない生徒もいましたが、それでも先生から、自然と向き合う人間の思考・挑戦を楽しむ姿を窺えました。その姿を見て“研究者って魅力的”と思いました」。そして大学3年生のとき、後にノーベル賞を受賞する益川敏英 教授(当時)の講義を受け、理論物理の世界に引き込まれた。「活気がある講義で、何より教壇で話す先生の姿からは理論物理に対する情熱が伝わってきました」

2人の恩師に導かれるように物性物理の理論研究者となった小野田 専任研究員は2007年4月に理研入所、現在は物質内部における電子やさまざまな素励起の挙動を研究テーマにしている。2009年、東京大学物性研究所のグループとの共同研究でプラセオジウムとイリジウムの金属磁性体酸化物を扱った。この物質は磁石ではないので、時間反転対称性は保たれているはずだが、持ち込まれた実験データは時間反転対称性が破られていた。「これは物質内部に磁場が存在しなければ説明がつかない現象でした」

なぜ磁石ではないのに物質内部に磁場が発生するのか。「原因として考えられるのは、“磁石のような”存在です。私は、それはスピンキラリティー(図)によってつくられていると考えています」。電子は地球のように自転しており、これを“電子スピン”と呼ぶ。そして、多数の電子スピンがそろうことにより磁石の性質が現れる。一方、三つの電子が近接し、これらの電子スピンが立体構造を示すと仮想磁場が生じる。「仮想磁場の方向は、三つの電子スピンが右手系と左手系のどちらかによって、三つの電子が形づくる平面に対して上向きと下向きの2種類ができます(図)。つまり、三つの電子による平面構造は同じでも、仮想磁場が上下対称、スピンのキラリティーの異性体が存在します。このスピンキラリティーによる仮想磁場が時間反転対称性を破るというシナリオに基づいた理論計算で、今回観測された現象を説明できました」

世界で初めて発見されたこの現象を理論的に解き明かすまでは「壁の連続だった」と小野田 専任研究員。「理論物理はひらめきだけでなく、一つひとつの検証と検討を積み重ねることが重要です。突破口がつかめずに煮詰まったときは、ひとまず寝て気分を切り替えるようにしています。実験系の研究者とのディスカッションからアイデアが見つかることもありますね。理論系の研究は一人でこもりがちになりますが、いろいろな人と議論をすることで研究の奥行と幅を広げるよう心がけています。これからもあちこちを飛び回って研究を進めていきたいですね」

(取材・構成/林愛子)

『理研ニュース』2011年6月号より転載