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2014年1月7日

体づくりをつかさどるレチノイン酸の可視化技術を生み出した研究者

理研脳科学総合研究センター(BSI)に、見えないものを見るための技術開発に取り組んでいる研究者がいる。細胞機能探索技術開発チームの下薗(しもぞの)哲さとし研究員だ。2013年には、レチノイン酸の可視化に世界で初めて成功した。レチノイン酸は、脊椎動物の発生過程で、その濃度分布によって細胞に位置情報を与え、どの細胞へ分化するのかを決定する重要な物質である。しかし、レチノイン酸を可視化する方法がなく、胚の中でどのような濃度分布をしているのか分かっていなかった。タンパク質であればその遺伝子に蛍光タンパク質の遺伝子を組み込むことで可視化できるが、レチノイン酸はタンパク質ではない。下薗研究員は、レチノイン酸が結合する受容体タンパク質に着目。受容体のうちレチノイン酸が結合する領域だけを取り出し、そこに2種類の蛍光タンパク質を結合させ、レチノイン酸の濃度によって色が変わる「GゲプラEPRA」を開発した(図)。 現在は、GEPRAをマウスに応用すべく、研究を進めている。 「ほかの人がつくった技術を使うことを潔しとしません。自分で技術を開発して新しいものを見たいのです」と語る下薗研究員の素顔に迫る。
下薗哲

下薗哲 研究員

脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム

1975年、鹿児島県生まれ。博士(薬学)。れいめい高校卒業。東京大学薬学部卒業。同大学大学院薬学系研究科博士課程修了。2003年、理研脳科学総合研究センター博士研究員。基礎科学特別研究員を経て、2007年より現職。
GEPRAで可視化したゼブラフィッシュの胚のレチノイン酸濃度図

図 GEPRAで可視化したゼブラフィッシュの胚のレチノイン酸濃度

レチノイン酸が結合すると二つの蛍光タンパク質の距離・角度が変わり、蛍光色が変 わる(右)。背中でレチノイン酸濃度が高く、頭と尾に向かって低くなっている(左)。

「5歳くらいのとき『ぼくは天才だ!』と言っていたそうです」と下薗研究員は苦笑い。「母にいさめられ、それ以来、少しひねくれた性格になりました」。将来の夢はプロ野球選手。「生まれ育った鹿児島県阿久根市には野球のグローブ工場があり、そこで働いていた伯母にグローブをプレゼントしてもらい、その気になりました。でも、小学校でソフトボールのチームに入ってすぐ、才能がないことに気付きました」

友達が中学を受験するというので、下薗研究員も軽い気持ちで受験。隣町にある私立の中高一貫校へ進んだ。「大学受験が近づいても、理系志望というだけで"これをやりたい"というものがありませんでした。手に職を付けられるだろうというだけの理由で、進路調査書には薬学部と書いていました」

そして、薬学部がある東京大学理科Ⅱ類に進学。「大学に入ってすぐのころ、夏目漱石の『三四郎』を読みました。熊本から上京してきて都会の人との付き合いに戸惑い、女性と話しても褒められているのかバカにされているのか分からず悩む、そんな主人公に自分を重ね合わせていました」

学部を卒業したら製薬会社に就職しようと考えていた。しかし、東大の薬学部では、ほぼ全員が大学院に進む。「じゃあ私も……と大学院に進みました」と下薗研究員。「ナメクジがにおいを認識し、記憶学習するメカニズムを研究していました」。研究の面白さに目覚め、博士課程に進学。しかし、下薗研究員は悩み始めていた。「このままいくと、私はナメクジ博士になってしまう……」と。そこで、BSIに研究の場を移した。BSIでの最初の研究は、線虫の咽頭筋という、餌を食べるときに働く筋肉のカルシウムイメージングだ。「ナメクジの研究でも色素を用いたイメージングをやっていました。ナメクジが線虫に、脳が筋肉に変わっただけで、スムーズに移行できました。それ以来、対象とする物質や生物にはこだわらず、可視化技術の開発に取り組んでいます」

そして、2013年にレチノイン酸の可視化に世界で初めて成功。なぜレチノイン酸だったのか。「行き当たりばったりです」と笑う。「核の中にある受容体を標識する技術を開発しようとしていたのです。その受容体の一つが、たまたまレチノイン酸の受容体でした。レチノイン酸について調べると、体づくりに重要な物質で、しかも可視化する方法がないという。誰も見たことがないと言われると、見たくなりますよね」

「私は、周りに流されてきた結果、今ここにいます。大きな目標を持っていないことがコンプレックスでした。でも、そういう生き方も悪くないかもしれないと、最近思うのです」 一方で、自分の性格を「頑固」と分析。「ほかの人がつくった技術を使うことは潔しとしません。GEPRAは、FRETという既存の原理を応用したものです。次は新しい原理に基づいた方法を開発して、今まで誰も見ることができなかったものを可視化し、生物学的な大発見につなげたいですね」。曲がったことが嫌いで、粘り強さが強みという下薗研究員。次に何を見せてくれるのか、楽しみだ。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2014年1月号より転載