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2014年6月5日

量子色力学から核力の決定に挑む研究者

原子核は、核子と呼ばれる陽子と中性子から成り、核子はクォークから成る。クォークなどの素粒子の性質は“量子色力学(QCD)”によって支配されており、クォークの間に働く力もQCDで説明できる。しかし、核子の間に働く核力は、QCDからの説明ができていない。素粒子物理と原子核物理の間にギャップがあるのだ。仁科加速器研究センター 初田量子ハドロン物理学研究室の土井琢身 専任研究員(以下、研究員)は、QCDに基づいて核力を決定し、そのギャップを埋めようとしている。それができれば、宇宙での元素合成や中性子星の構造など、宇宙天体物理の現象もQCDから理解できる道が拓けてくる。「QCDの方程式は非常にシンプルかつ美しいのですが、それを解くことは非常に難しい。しかし、さまざまな面白い現象の宝庫なのです」。QCDに魅せられた土井研究員の素顔に迫る。
土井琢身

土井琢身 専任研究員

仁科加速器研究センター 初田量子ハドロン物理学研究室

1976年、広島県生まれ。博士(理学)。東京大学理学部物理学科卒業。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。理研BNL研究センター、米国ケンタッキー大学、筑波大学、東京大学原子核科学研究センターを経て、2012年より理研研究員。2014年より現職。
三体力の図

図 三体力とは

3個の粒子の間に働く力のうち、2個の粒子の間に働く二体力の和では表せない力を三体力という。三体系特有の非常に複雑な力が現れる。

「子どものころから図鑑や文学全集、歴史、美術、いろいろな本を読んでいました。本に限らず文字を読むことが好きでした」と土井研究員。今でも、ラーメンをつくったときなど、袋に書いてある原材料や注意書きを読みながら食べることがあるほどだ。将来は小学校の先生になりたいと思っていた小学校高学年のころ、高温超伝導ブームが起きた。「親が買ってきた高温超伝導の本が面白くて、早く寝なさいと言われながら、布団の中で隠れて読んでいました。今から思うと、それが初めて触れた物理の世界でした」

中高一貫教育の学校に進学。高校時代には、小倉百人一首かるた競技の全国大会団体戦に出場した。「将棋が好きで囲碁将棋部に入ったのですが、部員が少なく対局にも困るほどでした。そこで友達を勧誘したら交換条件を出され、彼が入っていた百人一首部に私が入ることになったのです。こちらも競技人口が少なく、運よく全国大会に出られました」と笑う。

科学全般に興味があったため理学部か工学部か迷ったが、東京大学理学部物理学科に進んだ。「子どものころから、“解る”ということが好きでした。物理は、基礎が解ればさまざまな現象を理解できます。その点に引かれました」。数ある理論の中でQCDを選んだ理由は?「 QCDは難しく、解らないことがたくさんあります。そういう世界の方が面白いし、自分も何かできる可能性があると考えたのです」

素粒子・原子核・宇宙の諸現象をQCDから解明する──それが土井研究員の研究テーマである。そのためには、QCDを解いて核力を決める必要があり、理研や筑波大学などの研究者から成る共同研究チーム“HAL QCD Collaboration”で研究を進めている。しかし、クォークの質量が軽いほど計算量が膨大になるため、これまでは質量を現実より重くした計算しかできなかった。さらに、3個の核子間に働く力“三体力”の計算は、その複雑さから不可能だとさえ言われていた(図)。

その状況を変えた一人が、土井研究員である。2012年、同じ研究室にいたエンドレス研究員と共にまったく新しいアルゴリズムを提唱し、計算速度を劇的に向上させたのだ。そのほかの工夫も併せて、二体力計算は数十倍、三体力計算は約1,000倍に高速化した。「新アルゴリズムとスーパーコンピュータ『京』を組み合わせることによって初めて、現実のクォーク質量でQCDを解いて核力を計算することが可能になりつつあります」と土井研究員。「間もなくその計算を『京』で始めます。実験屋からも、早く! とせかされています」。現実のクォーク質量においてQCDから決定された核力は、実験の検証や新たな実験の提案にも役立つと期待されているのだ。

「解る、ということを積み上げていきたい」と土井研究員。「そのためには、無知の知というか、自分は一体何が解って何が解っていないのかをよく考えることも大切です」。そのこだわりは日常生活でも現れる。「テレビドラマを見ていてつじつまが合わないところがあると、気になって仕方がありません。よく妻に、集中できないからちょっと黙っていて、と怒られます(笑)」。家にいてもQCDのことを考えていることが多いという。「アイデアがひらめいたら、手近にある紙を見つけて書き留めます。自分でも読めないような字ですが、その瞬間の感覚を残すことが大切なのです」。新たなアイデアがまたQCDに新しい展開をもたらすことだろう。

(取材・構成:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2014年6月号より転載