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2015年2月5日

走査型トンネル顕微鏡を6台立ち上げた研究者

「私が新たに移る研究室には、毎回、空っぽの実験室があります。そこに走査型トンネル顕微鏡(STM)装置を立ち上げてきました」と岩谷克也 上級研究員(以下、研究員)。原子レベルで鋭い探針を物質表面に近づけ電圧をかけるとトンネル電流が流れる。STMは、そのトンネル電流の強さが常に一定になるように表面を走査していくことで原子1個ずつに対応した凹凸を測定して、原子の像をつくる顕微鏡だ。「きれいな原子の像が見えてくると、とても感動します。しかし、ノイズの原因となる振動対策などを行い、安定したトンネル電流を長時間保ちながら、きれいな原子の像を描き出していくことは容易ではありません」。岩谷研究員は2014年、自身6台目となるSTMを立ち上げ、試料に圧力をかけて物性が変化する様子をSTMで測定するという実験に取り組んでいる。
岩谷克也

岩谷克也 上級研究員

創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム

1975年、青森県生まれ。博士(学術)。青森県立青森高等学校卒業。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系博士課程修了。理研高木磁性研究室 基礎科学特別研究員、University College London 博士研究員、東北大学原子分子材料科学高等研究機構 助教を経て、2013年4月より現職。
岩谷 上級研究員が理研CEMSに立ち上げたSTM

図 岩谷 上級研究員が理研CEMSに立ち上げたSTM

写真の黒いテーブルはパッシブ除振台で、その上に試料表面と探針を準備する超高真空チャンバーが搭載されている。テーブル下の白い円筒形の冷凍機が床下まで続き、STMヘッド(右写真)が内蔵されている。

函館への連絡船が出る青森市の港の近くで育った岩谷研究員。「プロ野球の選手になりたかったのですが、中学校ではサッカー部に入りました。坊主刈りにするのが嫌だったからです(笑)」。教科では数学が好きだったと振り返る。「高校生のとき、『大学への数学』という雑誌に載っていた難問を、1週間くらいかけて解いていました」

東京大学へ進学し、物性物理の研究室に。「大学院修士課程のとき、2種類の異なる超伝導体を苦労して作製し、その電子状態の違いを調べました。しかし、そのときに用いた測定法では違いが分からず、がっかりしました」。その研究室で助手をしていたのが、現在所属する創発物性計測研究チームを率いる花栗哲郎チームリーダーだった。「2000年に博士課程へ進むとき、花栗さんから、北澤宏一教授の研究室に移りSTMを立ち上げるので来ないか、と誘われました。STMは物質の電子状態を詳細に測定することができます。現在のチームで同僚の幸坂祐生(ゆうき)さん(上級研究員)も加わり、STMの実験に取り組みましたが、当時は3人とも素人同然でした」

博士号を取得し、理研を経て、2006年4月から2年半、英国のUniversity College London(UCL)へ。「日本では夜遅くまで実験をするのが普通でしたが、UCLではみんな定時に帰ります。一番驚いたのは、STMで苦労しながら一緒に実験をしていた学生が、ようやく測定がうまくいき始めたときに、彼女とディナーの約束があるから、と帰ってしまったことです。UCLでの経験から私も仕事のスタイルを変え、誰よりも早く実験室に来て、できるだけ早く帰るようになりました」

朝は4時に起きて読書をするのが日課になった、と岩谷研究員。「英国では、仕事だけでなく、さまざまな分野の知識がなければ対等に会話ができません。海外を経験して日本の政治や経済、歴史に興味を持つようになり、数年間、それらの分野の本を読みました。でも、政治や経済、歴史は人によって見方が異なり、結局、何が正しいのか分かりません。最近になって、真理を探求する物理がやっぱり面白いと思うようになり、学生のときに読むべきだった本などを読んでいます」

東北大学 助教を経て、2013年の創発物性科学研究センター(CEMS)設立と同時に理研へ戻ってきた。「今回は初めて、実験室にはすでにSTMが設置されていたのですが、壊れていました。それをきちんと整備して測定を始めたのですが、その矢先に海外への移設が決まり、また実験室が空っぽになってしまいました。やっぱりそうなるのか、自分は空っぽの実験室から始める運命なのだ、と悟りましたね(笑)」

岩谷研究員は、試料に圧力をかけながら電子状態を測定できる、これまでにないSTMの開発を行っている。「すべてを設計し、部品を一から組み上げました。物質に圧力をかけると電子状態が変化して絶縁体が金属になったりします。特にCEMSで研究されている強相関電子系物質は、外部からのわずかな刺激で物性ががらりと変わります。しかし、そのときの電子状態の変化を原子スケールで測定した例はありません。さらに、鉄系超伝導体やトポロジカル絶縁体などさまざまな物質を対象に、圧力をかけたときの電子状態の変化をSTMで測定することに挑戦していくつもりです」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2015年2月号より転載