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2016年12月5日

手のひらの上に無重力をつくり出す研究者

人類の活動が宇宙へと広がり、無重力など宇宙環境が生物に与える影響を調べる研究が重要になっている。しかし、宇宙に行かずに無重力状態を得るには大規模な装置が必要で、実験も容易ではない。そうした中、小型でシンプルな無重力発生装置を開発している研究者が生命システム研究センター(QBiC)にいる。集積バイオデバイス研究ユニットのヤリクン・ヤシャイラ特別研究員(以下、研究員)だ。旋回水流を使って細胞を浮遊回転させることで疑似的な無重力状態をつくり出す(図)。「すでにたくさんの研究者がいる分野で1番になるのは難しい。だったら新しい分野をつくって、“唯一”になろうと思っています」。好きな言葉は「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」。そんなヤシャイラ研究員の素顔に迫る。
Yalikun Yaxiaer

Yalikun Yaxiaer 特別研究員

生命システム研究センター 集積バイオデバイス研究ユニット

1982年、中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区ウルムチ生まれ。博士(工学)。中国・大連理工大学機械工程学院機械工学部卒業。東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物システム応用科学専攻修士課程修了。富士ソフト(株)を経て、大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了。大阪大学特任助教を経て、2015年より現職。
浮遊回転による疑似無重力発生のイメージ図

浮遊回転による疑似無重力発生のイメージ

中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区のウルムチ出身のヤシャイラ研究員。「ウルムチはそこそこの都会。大阪の梅田くらいかな。子どものころから電気で動くものに興味がありました。時計やラジオなどを見ると、ばらしたくなる。でも戻せない。テレビを分解したときは、ものすごく怒られました」

将来の夢はエンジニア。高校では、生徒会の整備修理部の部長として活躍した。「刺激が欲しい」とウルムチを離れ、中国遼りょう寧ね い省の大連理工大学機械工学部へ進学。大学でも学生のパソコンの修理やサーバーの管理を行い、ついにはパソコンの販売会社を設立。大学卒業後は「もっと刺激が欲しい」と、2006年に日本へ。東京農工大学大学院に進学し、米国のスタンフォード大学での研究経験もある森島圭祐 准教授のもとで、卵細胞の操作技術について研究開発を行った。修士号を取得した後、「日本の会社ってどういうところか知りたい」と大手情報機器の会社に就職。2年間実務を経験したことで、やりたいことが明確になった。それは研究だ。

大阪大学大学院の博士課程に進み、3次元撮影に必要な細胞の回転操作法の研究開発に取り組んだ。「マイクロチップに小さな孔を開けてポンプで水を流し込み、その水流で細胞を回転させる方法を開発しました。水流ではまだ誰も実現していなかった垂直方向の回転にも成功しました」。2013年、その分野で最も規模が大きく権威のある「知能ロボットとシステムに関する国際会議(IROS)」で、最優秀学生論文賞と最優秀論文賞ファイナリストに選ばれた。「垂直回転ができることは偶然分かったのですが、やらなければ、何も起きない。“偶然の必然”です」。2015年にQBiCの特別研究員になってからも、独自のテーマとして装置の改良に取り組んでいる。「細胞を水流で浮遊回転させると、重力が打ち消されます。この手のひらに乗るほど小さな装置によって無重力状態における受精や初期発生に関する研究が大きく進むと期待しています」

内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として流体チップの開発にも取り組んでいる。強度や柔軟性、耐圧性の向上などの課題を解決するため、超短パルスレーザーを用いて超薄板ガラスを高精度に加工する技術を開発。さらに独自の接合技術を利用して、厚さ12μmと世界最薄で柔軟なガラス流体チップの作製に成功。ImPACTのほかのチームと共同で、高速セルソーティングや、脳に挿入して薬を患部に送り込む薬物送達デバイスの実現を目指している。現在は、さらに薄い6μmに挑戦中だ。

ヤシャイラ研究員は、専門的な議論を日本語でするだけでなく、論文や書類も日本語で書く。「専門的な会話は英語で済みますが、研究室のみんなと気軽に話せないと寂しいじゃないですか。恥ずかしさは捨てて、とにかくしゃべって覚えました。もともとコミュニケーション能力には自信があります」

趣味は研究。「QBiCには、さまざまな分野の世界トップクラスの研究者がいて、世界最先端の加工装置があります。この環境にいると、次々とアイデアが出てきます」。現在は、超薄板ガラスの加工技術を発展させたマイクロデバイスを構想中だ。「詳細はまだ内緒ですが、細胞測定の新分野をつくって“唯一”になりますよ」。2017年4月からは基礎特別研究員として、そのテーマに取り組む。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2016年12月号より転載