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2018年2月5日

流体力学ルネサンスを目指す理論物理学者

水や空気などの流体のマクロな状態を記述する「流体力学」と、物質の最小単位である電子やクォークなどの素粒子を記述する「量子論」をつなごうとしている理論物理学者がいる。理論科学連携研究推進グループ(iTHES)の本郷 優 基礎科学特別研究員(以下、研究員)だ。「素粒子がたくさん集まって複雑な状況に置かれたときに何が起きるのか、よく分かっていません。それを、量子論に基づき『流れ』を記述することで理解したいのです」そう語る本郷研究員の素顔に迫る。
本郷優

本郷優 基礎科学特別研究員

理論科学連携研究推進グループ 分野横断型計算科学連携研究チーム

1987年、埼玉県生まれ。博士(理学)。東京大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。
2016年より現職。
量子論に基づく「流れ」の幾何学的な理解

図 量子論に基づく「流れ」の幾何学的な理解

本郷研究員は、流れが存在する局所的な熱平衡状態を、曲がった時空を記述する幾何学によって理解することに成功した。それは、一般相対性理論において、物質間に働く重力が曲がった時空の効果として記述されることに似ている。流れに起因する曲がった時空により、流体中に生じるさまざまな輸送現象を統一的に記述できる。

「大学受験の予備校時代に、電流と磁場の関係を示す公式を電磁気学の基本法則(ビオ・サバールの法則)から導き出せることを学びました。高校では暗記するだけだった公式を自分の手で導き出せるとは思ってもいませんでしたから、非常に感動した記憶があります」

東京大学理学部物理学科へ進み、原子核物理を学んだ。「学部までは、すでに分かったことを勉強します。そのころは、高校の物理の先生になるつもりでした。大学院に進み、現代物理学にも分かっていない面白い問題がたくさんあることを知りました」

本郷研究員が注目したのは、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)だった。誕生直後の宇宙は超高温・超高圧で、陽子や中性子を構成するクォークやグルーオンという素粒子がばらばらになったQGP状態が実現していたと考えられている。理研も参加する国際研究グループが、米国の重イオン衝突型加速器RHICや欧州の大型ハドロン衝突型加速器LHCでQGPを再現する実験を進めていた。「その実験により、QGPは非常にさらさらした液体として、流体力学に従って膨張していることが分かってきたのです」

流体力学の系統的な研究は18世紀にすでに始まり、基礎方程式となるナビエ・ストークス方程式も19世紀には確立されていた。「20世紀に、素粒子を記述する量子論が進展しました。量子論と流体力学をつなぐ研究も行われましたが、全体として流れがない状態に対してしか完全な記述はできていませんでした。私は、膨張するQGPのように、クォークなどの素粒子がたくさん集まって時間とともに状態が変わっていく『流れ』に興味があります。『量子論と流体力学をつなぐことこそが私の問題だ。私がやらなくて誰がやる』と思うようになり、研究者を志すようになりました」

本郷研究員は2017年、量子論に基づき、流れを幾何学の言葉によって統一的に記述できることを明らかにした。「流れの効果は、曲がった時空を用いて記述できます(図)。ただし、まだ理解が進んでいない流れもたくさんあります。例えば、ぐちゃぐちゃに乱れた流れを表す『乱流』です。そもそも乱流状態を理論的にどう定義すべきかすら、まだよく分かっていません」

南部 陽一郎 博士は、物質の電気抵抗がゼロになる超伝導現象をヒントに「自発的対称性の破れ」を発見し、2008年にノーベル物理学賞を受賞した。それは分野を超えた現代物理学の普遍的な概念になっている。「南部先生は生前(2010年ごろ)、最近は流体力学が面白い、と語っておられたそうです。南部先生は『10年先を行く物理学者』でした。私は、2020年代は『流体力学ルネサンス』の時代になるかもしれないと思っています。現代物理学に普遍的な新概念を、流体力学研究の新たな流れの中から発見できるかもしれません」

2016年11月、理研に純粋数学の研究者も参画する数理創造プログラム(iTHEMS)が設立された(『理研ニュース』2017年12月号「特集」)。「数学者は、式の中の一つの記号も誤解が一切生じないように定義します。一緒に飲みに行くと、『物理学のあの説明では、全然分からないよ!』と文句を言われたりします(笑)。ものの見方がまったく異なり、カルチャーショックも大きいのですが、新たな発見・協力が促進される刺激的な環境がつくられてきています」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2018年2月号より転載