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2018年6月5日

ユニークな性質を持つフッ素を導入する実用的な有機化学反応を開発した研究者

近年、ペルフルオロアルキル化合物が注目されている。それは、アルキル基(CnH2n+1)の水素(H)が全てフッ素(F)に置き換わったペルフルオロアルキル基を分子内に持つ有機化合物である。ペルフルオロアルキル基があるとフッ素のユニークな性質によって脂溶性や代謝安定性が向上するため、少量で効果の高い医薬品や農薬になると期待されているのだ。しかし、これまでの合成法にはコストや安全性の問題があった。そうした中、多様なペルフルオロアルキル化合物の実用的な合成法の開発に成功した研究者が、環境資源科学研究センター(CSRS)にいる。触媒・融合研究グループの河村伸太郎 研究員だ。「諦めずにやる」を信念に、新しい合成法の開発に取り組む河村研究員の素顔に迫る。

河野伸太郎

河村伸太郎 研究員

環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ

1985年、兵庫県生まれ。博士(工学)。同志社大学理工学部機能分子工学科卒業。京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻博士後期課程単位認定退学。ERATO袖岡生細胞分子化学プロジェクト研究員を経て、2014年より環境資源科学研究センター 特別研究員。2017年より現職。開拓研究本部 袖岡有機合成化学研究室研究員を兼務。

ペルフルオロアルキル化合物

図 ペルフルオロ酸無水物を用いたペルフルオロアルキル化合物の合成法

「名前の残る仕事をしたいと思っていました」と河村研究員。専門は有機合成化学だ。「生物よりは、物理や化学の方がいい。でも物理は数式が難しい。だから化学を選びました」

同志社大学理工学部機能分子工学科に進学。3年生になるころには大学院入試の準備を始めた。「今までで一番勉強しました」と言う。そして京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻の中村正治教授の研究室へ。「できたばかりの研究室で、教授も若く、勢いがあるところに特に惹かれました」。しかし、「とにかくつらかった」と声を落とす。「鉄触媒クロスカップリング反応の研究をしていたのですが、有機金属化学に関する知識が足らない上に研究の成否は運によるところもあり、なかなかうまくいかない。化学反応では目的物質が理論値に対してどれだけ得られるかという『収率』が重要です。自宅でゲームをしていてもゲーム画面の数字が収率に見えてしまうほど追い込まれていました」。そうした苦しみの中で投稿した最初の論文は、今でも最も思い入れがあるという。名前の残る初めての仕事でもあった。

しかし、所属研究科は学位取得に厳しい規定があり博士課程の3年間で学位を取得できなかった。科学技術振興機構(JST)のERATO袖岡生細胞分子化学プロジェクト研究員として理研で研究をしながら、毎週末、埼玉から京都へ通った。大学の地下のベンチで寝泊まりしながら実験、論文執筆を行い、学位を取得。「人生で一番つらかった時期」と振り返る。

2014年からは、理研CSRS触媒・融合研究グループに。ペルフルオロアルキル化合物の合成法を開発している。従来の合成法は試薬が高価で爆発性もあるため、新しい合成法の開発が望まれていたのだ。河村研究員は、安価に入手できて安全に保管できるペルフルオロ酸無水物に注目。「アルケン類を反応させると、アルケン類の二重結合にペルフルオロ酸無水物のペルフルオロアルキル基が付加し、ペルフルオロアルキル化合物が合成されました(図)。実は、想定していた反応とは違ったのですが、反応開発は狙いどおりにいかないことも多く、起きた反応の価値に気付くことも重要です」


河村研究員は、この反応を発展させ、ペルフルオロアルキル基を持つ含窒素複素環化合物の合成にも成功。含窒素複素環とは炭素環を構成する炭素の一部が窒素に置き換わったもので、生理活性を持つ化合物の主骨格に見られる。得られた化合物は、両方の長所を備えていると考えられる。

この合成法は、銅触媒の有無によって多様なペルフルオロアルキル化合物ができるという特徴もある。それらの中から有用な生理活性を持つものを効率的に探索するため、合成した化合物を理研の化合物バンクNPDepoに寄託している。「合成法の開発では通常、得られた化合物は論文を発表した後、冷蔵庫で保存されたままになります。化合物バンクに寄託することで、有機化合物の研究者に生理活性を調べていただけます。医薬品や農薬につながる化合物が見つかったらうれしいですね」。さらに寄託を増やしていく予定だ。

「研究グループでは、どういう分子をつくるかに主眼を置き、一般的な触媒を用いて反応を開発しています。一方、私は大学院では元素の性質に注目した触媒反応の開発研究をしてきました。その視点を加えることで、新規触媒を設計し、より実用的かつ新規な合成手法を開発していきたい」と意気込む。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2018年6月号より転載