理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センタースピン・アイソスピン研究室笹野匡紀専任研究員、上坂友洋室長、九州大学理学府の安田淳平大学院生(研究当時)、理学研究院の若狭智嗣教授らの国際共同研究グループ※は、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」を用いて、二重魔法数[3]核「スズ-132(132Sn)」に対する「巨大共鳴状態[4]」の観測に世界で初めて成功しました。
本研究成果により、「パイ中間子[5]」が引き起こす「パイ中間子凝縮[6]」と呼ばれる相転移現象が起こる条件が明らかになり、中性子星[7]の構造や急速冷却現象の解明が進むと期待できます。
1973年に予言されたパイ中間子凝縮は、通常の原子核ではまだ観測されていませんが、中性子星では起きている可能性があると考えられています。今回、国際共同研究グループは、RIBFにおいて生成された132Snビームを液体水素標的に照射し、引き起こされた「荷電交換(p,n)反応[8]」を「WINDS中性子検出器[9]」と「SAMURAI磁気スペクトロメーター[10]」を用いて測定することで、パイ中間子凝縮の性質を反映する巨大共鳴状態(ガモフ・テラー巨大共鳴[4])の観測に成功しました。得られたスペクトルと理論計算の比較から、パイ中間子凝縮が通常の原子核密度[11]の2倍以上の環境、すなわち太陽質量の1.4倍より重い中性子星で起こっている可能性が高いという結論を得ました。
本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(9月26日付け)に掲載されました。
図 通常の原子核および中性子星とパイ中間子凝縮の有無
※国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター スピン・アイソスピン研究室
専任研究員 笹野 匡紀(ささの まさき)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)
九州大学 理学府 物理学専攻 粒子物理学講座
大学院生(研究当時)安田 淳平(やすだ じゅんぺい)
九州大学 理学研究院 物理学部門 粒子物理学講座
教授 若狭 智嗣(わかさ ともつぐ)
ミシガン州立大学
教授 レムコ・ゼガーズ(Remco Zegers)
本研究は、SAMURAI国際共同研究グループ(理化学研究所、九州大学、東京工業大学、東北大学、京都大学、東京大学CNS、米国ミシガン州立大学などからなる国共同研究グループ)から60名の研究者が参加し行われました。
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「中性子過剰な中低密度核物質の物性(研究代表者:中村隆司)」、米国国立科学財団、ハンガリーNKFI財団などの助成を受けて行われました。
背景
1935年に湯川秀樹によって理論的に提案され、1947年に英国のセシル・パウエルによって初めて発見された「パイ中間子」は、核力(陽子、中性子の間に働く相互作用)を理解する上で最も重要な中間子であり、原子核の構造や「中性子星」の構造を決定づけます。中間子はボース粒子(整数の大きさのスピン[12]を持つ粒子)であり、複数の粒子が一つの状態をとることできるため、レーザーにおける光子や超伝導体におけるクーパー対(電子対)のように、ボース粒子特有の凝縮状態を作ります。このような凝縮状態の発現は多くの場合、「相転移現象」を伴うことから物質の巨視的な性質を左右します。
1973年にロシアのA.B.ミグダルは、パイ中間子が引き起こす相転移である「パイ中間子凝縮」を予言しました。この予言によると、原子核でパイ中間子凝縮が起こると、通常の原子核密度の5倍もの高密度の原子核が生成される可能性があります。しかしこれまで、そのような異常な原子核は発見されていません。一方で、宇宙空間に浮かぶ巨大な原子核とも呼ばれる中性子星の内部のような高密度核物質の中では、パイ中間子凝縮が起きている可能性が高いと考えられています。また、一部の中性子星で観測されている急速冷却現象は、このパイ中間子凝縮により引き起こされている可能性があります。
原子核や中性子星において、パイ中間子凝縮が起こるか否かを推測するには、パイ中間子の波が核物質中でどのように振る舞うかを理解する必要があります。中間子のうち、パイ中間子は最も軽く、核子から最も遠くまで到達できます。そのため、この波の長距離における振る舞いには複雑な過程が含まれず、真空中に孤立しているパイ中間子の性質に基づいて比較的良く理解されます。一方で、短距離における振る舞いには複雑な過程が含まれるため、それを定量的に記述することは困難です。
そこで、国際共同研究グループは、加速器を用いた実験によりパイ中間子の波の短距離成分に関する情報を引き出すことができると考え、RIBFを用いて地球から遠く離れた中性子星における理論的な予言が難しい現象を地球上で実際に生成可能な原子核における測定を通して理解することに挑戦しました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、パイ中間子の波の短距離成分を定量的に評価するために、原子核の「巨大共鳴現象」を利用することにしました。巨大共鳴現象とは、原子核を構成する陽子と中性子の大半が関与する振動現象であり、その振動周波数は、原子核の詳細な構造によらず巨視的な性質を反映します。また、原子核全体の量子数[12]によって異なる共鳴周波数を持つため、その量子数を区別することで、ある特定の性質のみを取り出すことができます(選択性[13])。パイ中間子の波の短距離における性質は、「ガモフ・テラー型の巨大共鳴」の共鳴周波数に反映されており、周波数が高いほど短距離斥力が強く、パイ中間子凝縮が起こりにくくなります。
ガモフ・テラー巨大共鳴は、「荷電交換(p,n)反応」という核反応を用いて観測することができます。荷電交換(p,n)反応では、調べたい原子核に陽子が衝突し、中性子が放出されます。陽子と中性子の間でスピンとアイソスピン[12]が交換された結果、パイ中間子が関与する原子核の振動状態であるガモフ・テラー巨大共鳴が励起されます(図1)。
国際共同研究グループは、ガモフ・テラー巨大共鳴を観測する原子核として、スズ-132(132Sn)を選びました。132Snは、陽子数(50個)に対して中性子数(82個)が非常に多い中性子過剰核であることから、中性子星により近い原子核だと考えられます。加えて、陽子数と中性子数が二重魔法数に対応するため、原子核の構造が単純です。そのため、巨大共鳴現象の理論的な記述が比較的容易であり、実験結果を高い信頼性で解釈できるという利点があります。
ガモフ・テラー巨大共鳴観測実験は、重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」において行いました。具体的には、光速の半分程度の速度を持った132Snの大強度不安定核ビームを、液体水素標的に照射して荷電交換(p,n)反応を起こし、生成された中性子を「WINDS中性子検出装置」で、反応後の132Snビーム由来の粒子を多粒子測定装置「SAMURAIスペクトロメーター」により同定しました(図2)。
132Snにおけるガモフ・テラー巨大共鳴の観測で得られたスペクトル(図3の一山構造)を理論計算と比較することにより、パイ中間子の波の短距離斥力の強さを表す指標のランダウ・ミグダルパラメーター(g’)を0.68と決定しました。この値は、パイ中間子凝縮が通常の原子核密度の2倍以上の環境で起きていることを示しており、その密度は、重さが太陽質量の1.4倍程度の中性子星の中心部に相当します。
中性子星でパイ中間子凝縮が起こると、ニュートリノ[14]が放出されるのに伴い、熱放出が加速され、中性子星は急速に冷却されると考えられています。この冷却シナリオは、一部の中性子星において観測されている「急速冷却現象」を説明するために必要であり、今回、このシナリオの妥当性が検証されました。
もう一つの大きな成果は、132Snという希少な放射性同位体(RI)に対して世界で初めてガモフ・テラー巨大共鳴を観測したことです。これまで観測されてきたガモフ・テラー巨大共鳴は、地球上で大量に手に入る安定核に限られてきました。したがって、本研究はRIBFの高いRIビーム供給能力を生かして、陽子数と中性子数のバランスが大きく崩れた領域での原子核研究を開拓したという意義があります。
今後の期待
これまで、パイ中間子凝縮を特徴づけるg’が測定された実験例の中で、132Snは最も中性子と陽子のバランスが崩れた原子核ですが、中性子星の中で実現されている状態にはまだ程遠いといえます。今後、RIBFの高いRIビーム生成能力を生かして、より中性子過剰な原子核、つまりより中性子星に近い原子核においてガモフ・テラー巨大共鳴を観測することが重要だと考えられます。
また、そのような非常に中性子過剰な原子核ではg’が変化し、ミグダルが予言した相転移に関係した現象が原子核で見える可能性もあります。このような可能性を、RIBFを使って検証することは、私達の身の回りにある物質がなぜ安定なのかという問いに答える上でも本質的に重要なことだと考えられます。
一方、今後の重力波[15]天文学の発展に伴い、中性子星合体[16]の重力波データから、核物質状態方程式に強い制限がかかることが期待されます。重力波天文学によって得られる状態方程式を、地上で得られる相互作用の情報から説明することができれば、中性子星でパイ中間子凝縮が起こっているもう一つの証拠になると考えられます。