広報活動

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2018年11月1日

理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科
ラドバウド大学強磁場研究所

電子の液体状態と固体状態の競合を観測

-トポロジカル量子計算を阻害する要因を発見-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループのデニス・マリエンコ研究員、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、ラドバウド大学強磁場研究所のアリックス・マッコラム助教授らの国際共同研究グループは、代表的な酸化物半導体である酸化亜鉛[1]中の電子が強い磁場中で、液体状態と固体状態の混じった特殊な性質を示すことを見いだしました。 本研究成果は、電子間の電気的な反発力(電子相関[2])の強い状態の変化を純粋な物理系で調べる手掛かりとなるとともに、トポロジカル量子計算[3]実現への道筋を切り拓くと期待できます。

水のような物質に気体・液体・固体の状態があるように、物質中の電子にも気体・液体・固体に相当する状態が存在します。このような電子状態の変化は、欠陥や不純物が極めて少ない半導体の二次元電子[4]について、温度・外部磁場・電子密度を変化させながら電気抵抗を測定することで調べることができます。また、強い磁場中では、電子と2本の磁束量子[5]が結合した「複合粒子[6]」が形成されますが、この複合粒子と電子の状態変化との関係は不明でした。

今回、国際共同研究チームは、欠陥や不純物の少ない酸化亜鉛薄膜中の電子に強磁場を加えると、二次元電子が互いに反発し合い、液体状態から固体状態へ遷移していく様子を観測しました。その遷移過程では、「固体状態の電子と液体状態の複合粒子の混合状態」が存在することが明らかになりました。これは、酸化亜鉛中の電子の有効質量[7]が通常の半導体よりも5倍程度大きいために、電子相関が特に強くなった結果、発現したものと考えられます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(10月19日付け:日本時間10月20日)に掲載されました。

液体状態の複合粒子(2本の磁束量子が結合した電子)と固体状態の電子が混合した状態の図

図 液体状態の複合粒子(2本の磁束量子が結合した電子)と固体状態の電子が混合した状態

※国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関界面研究グループ
研究員 デニス・マリエンコ(Denis Maryenko)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
東京大学大学院 工学系研究科
大学院生(研究当時) ジョセフ・フォルソン (Joseph Falson)
(現マックスプランク固体研究所 研究員)
講師(研究当時) 小塚 裕介(こづか ゆうすけ)
(現物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 独立研究者)
ラドバウド大学強磁場研究所
助教授 アリックス・マッコラム(Alix McCollam)
研究員 ジャン・ブルン(Jan Bruin)
教授 ウリ・ツァイトラー(Uli Zeitler)

※研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出(領域代表者:黒部 篤)」による支援を受けて行われました。

背景

液体の水は温めると気体の水蒸気に、冷やすと固体の氷になります。同様に、物質中の電子にも気体・液体・固体に相当する状態が存在します。普通の金属や半導体を流れる伝導電子は、一つ一つがばらばらに運動する「気体状態」ですが、多くの酸化物では、電子間の電気的な反発力(電子相関)により、電子が粘性を持って流れる「液体状態」となります。さらに電子相関が強くなると、電子が凍りつくように動けなくなる「固体状態」になり、絶縁体となります。

従来の半導体の特徴は、電子相関が弱く電子の挙動を解析しやすいため、電子デバイスの設計が容易であることです。一方、多くの酸化物半導体では電子相関が強く、多彩な物理現象が発現することが長所です。例えば、酸化物半導体には、金属よりも1桁程度高い超電導を示す高温超電導体[8]や、磁場を加えると抵抗が何桁も変化する超巨大磁気抵抗[9]を示す物質が存在します。

しかし、多数の電子間に電子相関が働くと、物理現象の理論的な予測が非常に難しくなり、物質の性質を設計しづらくなります。そのため、電子相関の強さのみを変化させたとき、電子がどのような挙動を示し、どのような物理現象が観測されるかを実験的に確かめることは、電子相関の強い酸化物の特性を見極める上で重要です。その研究に最も適しているのは、欠陥や不純物が極めて少ない酸化物半導体界面に存在する電子系(二次元電子系)です。

また、強い磁場中では、電子と2本の磁束量子が結合した複合粒子が形成されることが分かっていますが、固体や液体に相当する状態変化との関わりは不明でした。特に、2個の複合粒子が結合した状態は、エラーの生じにくいトポロジカル量子計算の有力な候補と考えられており、複合粒子と状態変化の関係を明らかにすることで重要な知見が得られると考えられていました。

川﨑グループディレクターらはこれまで、酸化物半導体の中でも電子相関が強く働く酸化亜鉛に着目し、従来の半導体と同程度に高品質な酸化亜鉛の単結晶薄膜の作製に成功しています。そこで国際共同研究グループは、酸化亜鉛界面に存在する二次元電子系を用い、極低温において磁場や電子密度などの環境を変化させたときの電子状態変化の観測を試みました。

研究手法と成果

電子状態を直接観察することは困難ですが、間接的に情報を得ることは可能です。その最も有効な手段は、試料に強い磁場を加えながら電気抵抗を測定することです。不純物や欠陥の少ない半導体中の電子は、磁場中で動くとローレンツ力[10]により円運動を行い、磁場が強いほど小さい領域に閉じ込められるため、電子間の電気的相互作用がより強くなります。すなわち、磁場を加えることは、水蒸気が水を経て氷に変化する際の冷却過程に相当します。そのとき電子状態に変化があれば、急激な抵抗の変化が観測されます。また、試料の温度を変化させたときの電気抵抗の変化を調べることによっても、電子状態を特定できます。

オランダのナイメーヘンにあるラドバウド大学の強磁場施設には、試料に世界最大級の定常強磁場を印加できる装置があります。この装置では、最大で37テスラ(強力ネオジム磁石[11]の約370倍の強さ)の強い磁場を加えることができ、同時に試料を60ミリケルビン(絶対零度の-273℃より0.06℃だけ高い温度)まで冷却できます。このような強磁場、極低温により、電子相関を純粋に反映した電子状態の観測が可能となります。

この強磁場施設において、国際共同研究グループは酸化亜鉛試料の電気抵抗測定を行いました。電気抵抗を測定するためには、図1のように酸化亜鉛の両端に電流を流し、その間に取り付けられている電極間で電圧を計測します。抵抗Rは、測定電圧Vを電流Iで割ったRV/Iで求められます。

測定結果を図2に示します。磁場を加えないとき、半導体中の電子は挿入Aのように、ばらばらに運動する「気体状態」にあると考えられます。磁場を加えると抵抗が振動しますが、これは電子が波の性質を持つために生じる干渉効果であり、普遍的な現象です。電子は、磁場によるローレンツ力により円軌道を描き、磁場が大きくなるにつれて円軌道は小さくなっていきます。

ところが、磁場が14テスラ付近まで大きくなると、電子は極めて小さな円軌道を描くのではなく、磁場の成分である磁束量子と結合し、「複合粒子」となります。このときの実効的な磁場はゼロとなるため、複合粒子は円運動をせずに自由に動き回る「気体状態」となります(挿入B)。なお、14テスラの両側にある10~20テスラ程度の領域で見られる、ゼロ磁場付近よりも大きな周期での抵抗の振動は、実効磁場がゼロからずれた成分の磁場を感じて、複合粒子が円運動するために生じる干渉効果です。また、19テスラ付近のピークは、温度の低下とともに急激に大きくなっており、これは強い電子相関により電子が「固体状態」になった結果であると理解されます(挿入D)。

さらに、複合粒子の干渉効果による17テスラ付近のピークが、温度の低下とともに大きくなっています(挿入C)。ピークの抵抗値の温度依存性から複合粒子の有効質量を導出したところ、それが通常の半導体より5倍程度大きくなっていることが分かりました。詳しい解析から、最も可能性の高い状態として「複合粒子の液体状態と電子の固体状態が混じった状態」であると結論されました。このような電子相関が特に強い現象は、他の半導体ではこれまで見つかっていません。これは、純粋な物理系において、電子相関の効果による新しい状態が発見されたといえます。

また、自由に運動する「気体状態」の複合粒子は、特殊な条件下では二つの複合粒子が結合した状態になることが知られており、その状態はトポロジカル量子計算を可能にすると期待されています。しかし、今回、強い磁場中では電子相関が強くなりすぎ、電子が固体状態になることが判明し、トポロジカル量子計算を行うための粒子の生成が阻害されることが分かりました。特に、酸化亜鉛では電子の有効質量が大きいため、電子の固体状態が複合粒子の安定な低磁場領域に大きく侵入し、液体と固体の混合状態が発現したと考えられます。このような効果は、トポロジカル量子計算を可能にする状態と競合すると予想できます。

今後の期待

今回観測した電子状態は、酸化物の強い電子相関によって形成されたと考えられます。これまで、実際の材料には不純物や欠陥の効果が大きく、電子相関の効果を純粋な物理系として研究することが困難でした。本研究により、多彩な電子機能を実現する電子相関において、より普遍的な物理現象の解明と新たな機能創出につながると期待できます。

また、トポロジカル量子計算を可能にすると期待される複合粒子の振る舞いについて、電子相関が強すぎると電子の固体状態ができてしまい、従来考えられていたほど電子状態の変化が単純ではないことが発見されました。今後の研究により、電子相関の強さを電子の密度や磁場で制御することにより、トポロジカル量子計算を可能にする電子状態を安定化する要因を解明できると考えられます。

原論文情報

  • D. Maryenko, A. McCollam, J. Falson, Y. Kozuka, J. Bruin, U. Zeitler, and M. Kawasaki, "Phase transition from a composite fermion liquid to a Wigner solid in the lowest Landau level of ZnO.", Nature Communications, 10.1038/s41467-018-06834-6

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
研究員 デニス・マリエンコ (Denis Maryenko)
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

ラドバウド大学強磁場研究所
助教授 アリックス・マッコラム(Alix McCollam)

Denis Maryenko研究員の写真

デニス・マリエンコ

川﨑 雅司グループディレクターの写真

川﨑 雅司

報道担当

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補足説明

  1. 酸化亜鉛
    亜鉛と酸素から構成される半導体である。応用としては透明トランジスタや紫外線を発光するダイオードの開発が進められている。
  2. 電子相関
    電子はマイナスの電荷を持つため、お互いに反発する力を及ぼし合う。このような電子間の相互作用を電子相関と呼ぶ。固体中で多数の電子が集まると、一つ一つの電子間の反発力は非常に複雑な集団運動を引き起こすことがあり、高温超電導や超巨大磁気抵抗、本研究で観測された電子の結晶状態など、周りの環境に応じて一つの電子の運動からは予想されない現象を示すことがある。
  3. トポロジカル量子計算
    量子論の原理を用いて構成される計算法則を量子計算と呼ぶ。通常、粒子の量子的性質は熱擾乱や粒子間の散乱などの外乱で簡単に変更されてしまうため、環境を極めて精密に整えなければ、量子計算を実行し終わる前に、計算途中の状態が崩されてしまう。しかし、電子系の幾何学的な性質(トポロジー)を用いることで、少々の外乱があっても計算途中の状態が保存できる可能性が理論的に示唆されている。トポロジーの原理を用いた量子計算をトポロジカル量子計算と呼ぶ。
  4. 二次元電子
    少し構成元素の異なる半導体を接合させると、界面が少し帯電する。界面をプラスに帯電させると、マイナスの電荷を持った電子は界面に集まる。この電子はシート状に存在するため二次元電子と呼ばれる。酸化亜鉛の場合は、純粋な酸化亜鉛と少しマグネシウムを混ぜた酸化亜鉛を接合させると、二次元電子が蓄積する。
  5. 磁束量子
    量子論によれば、電子の干渉により円運動の半径が飛び飛びの値に制限されるため、それに伴って発生する磁場の値も飛び飛びの値のみを取る。その飛び飛びの値の最小単位を磁束量子と呼び、h/2e=2.1×10-15Wb(ウェーバ)で示される(h:プランク定数、e:電気素量)。
  6. 複合粒子
    固体中の電子は、互いに静電気力を及ぼしながら伝導し、非常に複雑な動きをするため、理論的解析が困難である。そこで、電子とは異なる質量や電荷などを持つ粒子の伝導においては、それらの粒子間では互いに相関しないと考えることで、現象を理解できることがある。この仮想的な粒子を準粒子と呼び、特に量子ホール効果のときに現れる準粒子を、電子に磁束量子がくっついた状態と捉え、複合粒子と呼ぶ。
  7. 有効質量
    固体の中を流れる電子は、周りの原子や電子と相互作用しながら進んでいくが、相互作用を全て考慮して電子の流れを解析することは非常に難しい。そこで、電子の重さ(質量)が変化したと考えることで、全く周りと相互作用のない電子が集団として流れていると解釈できることが理論的に示されている。この変化したと考える質量を有効質量と呼ぶ。
  8. 高温超電導
    超電導は電気抵抗が完全にゼロになる現象であり、将来的に送電ロスのない電線や量子コンピュータの基本素子として用いるための研究が盛んに行われている。超電導になる温度は、金属では高くても-260℃程度であるのに対し、酸化物では-120℃で超電導になる物質もあり、高温超電導と呼ばれる。
  9. 超巨大磁気抵抗
    物質に磁石やコイルなどにより発生した磁場を加えると、抵抗が変化する。これを磁気抵抗と呼ぶ。非磁性金属と磁性金属を交互に積層した巨大磁気抵抗素子では、磁場によって抵抗が半分程度に大きく変化する。一方、酸化物では磁場によって数桁にも及ぶ抵抗変化を示す物質があり、この現象は超巨大磁気抵抗と呼ばれる。
  10. ローレンツ力
    電子などの荷電粒子が磁場中を動くと、進行方向と磁場の両方に直角となる方向に力を受ける。ローレンツ力により力を受け、進行方向が曲げられると、ローレンツ力自身の方向も変化する。進行方向とローレンツ力の向きが連続的に変化することで、荷電粒子は磁場中で円運動をする。
  11. ネオジム磁石
    元素にネオジム(Nd)を含んだ非常に強い磁力を持った磁石であり、モーター駆動用の磁石として用いられている。

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酸化亜鉛試料の写真と抵抗測定の図

図1 酸化亜鉛試料の写真と抵抗測定

抵抗測定では、磁場を試料に垂直(紙面に垂直)方向に加えながら、電流を流し、電圧計で電圧を測定する。電流値をI、測定電圧をVとすると、抵抗はR=V/Iと定義される。

強磁場中における酸化亜鉛試料の抵抗測定の図

図2 強磁場中における酸化亜鉛試料の抵抗測定

磁場を徐々に変化させると、抵抗は、電子の波としての性質により振動を示す。2テスラ以下の振動は、無磁場での自由に動く「気体状態」の電子がローレンツ力により円軌道を描く効果(A)、14テスラの両側の大きな周期の振動は、自由に動く「気体状態」の複合粒子(2本の磁束量子が結合した電子)がローレンツ力により円軌道を描く効果である(B)。また、19テスラ付近の大きなピークでは、強い電子相関により電子が固体状態となり、絶縁体化している(D)。17テスラ付近のピークは、本研究で新たに見つかった状態であり、液体状態の複合粒子と固体状態の電子が混合した状態であると結論された(C)。なお、7テスラより大きな(右側の)磁場領域の抵抗値は1/10に縮小して示されている。つまり、実際には左側の縦軸の値よりも10倍大きいことを表している。

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